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新谷博司 さんの日記

 
2015
6月 2
(火)
10:40
本文

【鷹山の改革15】<br />
 改革奉行竹俣当綱の改革は進み始めた。特に効果的と思われるのは、人口減少や災害による農地の荒廃などからの農村復興を目指した支援組織の確立と、漆・桑・楮の苗木各100万本植立計画、さらには金主(米沢藩に金を貸している商人)に過去の借金の長期分割返済を承知してもらうことである。<br />
 植林は効果的だが資金調達と気象条件もあって計画通り進まなかったが、これが成功すれば16万石相当の収入が見込まれ、相続問題で30万から15万石に削減された上杉家の禄高が元の30万石相当の収入にになり、財政難も大幅に緩和される。竹俣は自ら現場に出向き力を注いだが、資金不足と苗づくりの技術が追い付かず、計画は大幅に遅れていった。<br />
 しかし、桑の栽培は「養蚕→絹糸→織物」とすすみ、米沢織物への発展し、鷹山の改革が成功したといわれる一端を担うことになる。<br />
 しかし、目先の生活は楽にならず、相変わらずの重税に批判が出始めた。この時期は干ばつや虫害などの天災に毎年のようにみまわれ、<br />
改革の成果は帳消しになっていた。<br />
 竹俣は、今一つ盛り上がらない改革を効果的に進めるために藩主治憲(後の鷹山)に重大なお願いをすることに心を決した。 (つづく)<br />
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