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神村 さんの日記

 
2017
6月 23
(金)
20:00
草木塔の里を訪ねて
本文

 社会人大学修了生のグループに誘われて米沢市田沢地区にある「草木塔」を訪れた。当日は「おいたま草木塔の会」事務局の高橋さんに案内していただいた。

 会では「草木塔」について『「草木塔」「草木供養塔」「一佛成道観見法界草木国土悉皆成佛」などの文字が刻まれている石碑』と定義しているが、なぜかこの田沢地区に集中している。なぜこの地区だけでこのような風習が生まれたのか。全国的に例がないというのが不思議だ。

 近年自然環境保護や自然との共生という観点が共感を呼び全国的に建立が増えてきており、現在全国で250基以上が確認されている。だがその多くは明治から現代までに建立された新しいものだ。江戸時代に建てられたものは34基で、県外は喜多方市と岩手県西和賀町の2基だけで残り32基はすべて県内にある。そのうち17基が米沢市内だが10基が田沢地区に集中している。写真は上中原の「草木塔」。

 資料がほとんどなく起源ははっきりしないが、田沢地区が発祥で少しずつ近隣地区に拡がったとみられている。全国で一番古いのが入田沢塩地平の「草木供養塔」で安永9年7月19日と刻まれている。西暦1780年に当たる。

 経文や梵字が刻まれていたり湯殿山碑と一緒に建っている石碑もある。出羽三山に近く、昔は寺だけでなく各集落に山伏が存在し学問や医療、宗教などを担っていたという。自然に対する畏敬の念と仏教や山岳信仰、修験道などが融合していったものと考えられている。
 また田沢地区は上杉藩の御林があり昔から木流しが盛んにおこなわれていた。草木塔も木流しの拠点に沿って建っており木流しとの関係も深い。

 石碑が風化し文字が見えなくなったり傾いたり倒れたりしているものも多い。会では補修手直しをしながら保全しているが、コンクリートで固めるなどの補修まではしていないという。
 
 全国的に珍しい地元の「草木塔」の歴史を誇りに思うし、きちんと保存し後世に伝えてもらいたいと願う。しかしその一方で草木のいのちを供養しながらただ素直に手を合わせていた先民の気持ちを思うと複雑だ。

 石碑と言えども年月とともに劣化風化し、最後は朽ち果てることはむしろ自然の成り行きだともいえる。そう考えると石碑という形を残すことが重要なのではなく、地域の人たちが草木に感謝し手を合わせる思いを大事にしたいと思う。

 保存のための保存はしないという高橋さんの言葉が印象に残った。
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