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神村 さんの日記

 
2016
1月 26
(火)
11:10
「真田丸」に想いを馳せて!
本文

 十数年ぶりに大阪を訪れたが街の様子は様変わりしていた。市内南部の阿倍野地区には高さ300mという日本一の高さを誇るビル「あべのハルカス」がドーンとそびえたっていた。

 東京池袋にあるサンシャインシティホテルをよく利用するが、その「サンシャイン60」も1978年の建設当時は高さ240mで日本一の高層ビルとしてマスコミを賑わせていたことを覚えている。
 その後も技術が進歩し地震国の日本でも次々に超高層ビルが建てられるようになった。大阪市内でも超高層ビルが林立していた。お隣の韓国では現在ロッテワールドが500mの超々高層ビルを建設中というニュースも聞く。これからもこの高層化はどんどん続いていくのだろう。

 ハルカス展望台からの眺めは最高だが、ビルの高層化で失われる街の景観も大事に残してほしい気がする。

 大阪のもう一つの名所「大阪城」も多くの観光客で混雑していた。相変わらず中国人観光客が目立つが、日本人のカップルや若い人も多い。やはりNHK大河ドラマ「真田丸」の影響が大きいのだろうか。

 その真田丸があった場所は正確には不明で現在6か所の候補地があるという。その中では「三光神社」が有名で「真田丸跡地」というのぼり旗がたくさんはためいており、その周辺は「真田公園」として整備されている。

 ただ先日放映されたNHK「歴史秘話ヒストリア」では地下レーダー探査の結果、深さ8m、幅40~45mの堀が見つかったとしている。
 それを基にすると真田丸の跡地は三光神社から300m離れた、現在の餌差町「大阪明星学園高校」辺りになるという。しかもその広さは220mX230mという巨大なもので、形状は従来の定説だった丸型ではなく四角形の出丸(出城)だったらしい。

 この辺りは本丸から約1.5km離れている。このことから当時の大阪城が半径1.5kmもあるとてつもない広大なものであり、豊臣の権力が絶大だったこともよくわかる。天守閣からは現在の大阪市内が一望できる。この場所で秀吉や秀頼は天下人を実感したのだろう。

 一方で大阪城を死守するために真田丸を造り最前線で必死に戦った真田信繁(幸村)。その心情は到底計り知れないが何となく気持ちが引かれる。日本人特有の判官びいきのせいだろうか。

 天守閣から「真田丸」跡地の方角を眺めながら、しばし当時に想いを馳せてみた。
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