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神村 さんの日記

 
2015
3月 28
(土)
11:20
「吉良まんじゅう」と「切腹最中」
本文

 東京みやげに「吉良まんじゅう」と「切腹最中」を買ってきた。それぞれ忠臣蔵の当事者に由来するお菓子だ。

 吉良邸は元禄14年(1701年)3月14日、浅野内匠頭による吉良への刃傷事件そして切腹があった後、呉服橋から本所松坂町へ移転した。総坪数2550坪、母屋の建坪だけで388坪という実に広大な屋敷であった。
 現在その跡地は両国駅近くにあり『吉良邸跡 本所松坂町公園』となっている。昭和9年歴史的な史跡を残そうと地元の有志が跡地の一部を購入し、当時の東京市に寄付したものだ。広さは約30坪で元の86分の1になってしまったが、地元では貴重な歴史遺産として大切に受け継がれている。訪れた時も近所の方が一生懸命清掃をしていた。ボランティアだが毎日欠かさず実施しているという。「米沢から来た」と言うと吉良の親戚ということで大歓迎された。

 その公園近くにある「大川屋」という和菓子屋さんが「吉良まんじゅう」を販売している。昨年の伝国の杜での吉良サミットにも店のご主人がビデオメッセージを寄せている。

 一方の浅野長矩は事件後一関藩田村家の上屋敷で即日切腹となった。しかも屋内での切腹を許されず、武家の作法に反する形で庭先での切腹であった。その屋敷跡は新橋駅から約10分、昨年完成した虎ノ門ヒルズ近くの日比谷通り沿いにある。道路拡張工事のため撤去されていた「浅野内匠頭終焉の地」という石碑も再設置されていた。

 その近くにある「新正堂」というお菓子屋で売っているのが「切腹最中」だ。この最中、現在は意外な使われ方をしているらしい。営業等でトラブルになったお客様宅への謝罪の手みやげとして重宝されているのだという。

 東京は3月23日に桜の開花宣言が出され、皇居周辺の千鳥ヶ淵や九段下の桜並木も色鮮やかに咲きほこり春本番を迎えていた。

 因みに浅野長矩の辞世の句は『風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせん』である。散りゆく桜の花よりも春の名残が惜しいというその真意は何だったんだろうか。
 自分のしたことを悔やんでいたのだろうか、それとも吉良への憎しみや怒りが治まらなかったのか。「いかにとやせん」という表現から自分ではどうにもできないもどかしい気持ちが伝わってくるが・・・・。

 いずれにしても35年という生涯は何とも短く、はかなかいものだった。
 桜は散っても翌年また花を咲かすことができるが、人生は1回きりだ。
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